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ストロベリー・スウィッチブレイド (Strawberry Switchblade) は、スコットランド南西部に位置するグラスゴー出身の女性2人による、ニューウェーブ・ポップ・デュオ。サイケデリックなメイクとポルカドット (水玉模様) を基調とした衣装が注目を浴びた。1984年にリリースされた2枚目のシングル『ふたりのイエスタディ (Since Yesterday)』という代表曲があり、1986年まで活動していた。 活動した期間は非常に短かったが、のちのゴシック・アンド・ロリータ (ゴスロリ) を連想させるファッションは、アン・ルイスなどが参考にしたことがあった。 == 来歴 == グラスゴーのクラブで出会ったジル (ボーカル、ギター)、ローズ (ボーカル、ギター)、ジャニス (ベース)、キャロル (ドラムス)、の4人によってルーツとなるバンドを1976年に結成。 1982年には、ジャニスとキャロルが脱退し、ジルとローズの2人組となった。そして、彼女らと交流があった「オレンジ・ジュース」というバンドと一緒にライブ・レコーディングした際に、メンバーから「ストロベリー・スウィッチブレイド」と名付けられることになった。 彼女らが最初に契約したレコード・レーベルはインディペンデント・レーベルの Postcard Records だったが、このレーベルとの契約中にはレコーディングもリリースもされず、1983年『トゥリーズ・アンド・フラワーズ (Trees and Flowers)』 (全英44位) でインディーズデビューした。このレコーディング・セッションには Roddy Frame (Aztec Camera) 、Mark Bedford (Madness) 、Daniel Woodgate (Madness) 、Kate St John (The Dream Academy)、Nicky Holland らが参加していた。その後WEAの子会社コロヴァ (Korova) と契約を結び、1985年1月、デビッド・モーション (David Motion) プロデュースによるメジャーデビュー曲『ふたりのイエスタディ (Since Yeserday)』が全英シングル・チャートで5位まで上昇する大ヒットとなった。同曲が収録された同名アルバム (原題はStrawberry Switchblade) も全英アルバム・チャートでは22位を記録した。 やがて日本でも話題になり、プロモーションで来日。ロレアルのヘアケア商品のコマーシャルソングとして使用され、またこのころにポルカドット (水玉模様) が流行した一因といわれた。その年の大晦日にはフジテレビジョンで放送された『大晦日チャリティスペシャル・世界紅白歌合戦』にも出演した。 富士重工業の軽自動車スバル・レックスのCMソングになった『エクスタシー』は日本独自で制作・リリースされ、1985年に日本のみ発売されたアルバム『ジョリーン』に収録された。この曲は井上大輔が作曲を担当している。 1986年には日本公演を実施。作成中であった2枚目のアルバム『I feel fine』から、来日記念版として先行発売された曲『アイ・キャン・フィール』など数曲も披露されたが、予定されていたアメリカ合衆国進出を目前にしながらも、互いの音楽性の違いから解散。活動期間は実質1年半弱と短いものだった。 アルバム『ふたりのイエスタディ』は、1997年に日本で9曲のボーナス・トラックを収録し再発売されている。 解散後、ジルはKR Frostと結婚し、ジュリアン・コープのアルバムなどに参加して活動を続けていた。ローズはCoilのDrew McDowallと結婚し、Coil、Current 93、Death in June、サイキックTV、Non、Felt、Megas等の作品に参加し、Sorrow、Spellといったユニットでも活躍していた。後にローズとDrewは離婚している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ストロベリー・スウィッチブレイド」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Strawberry Switchblade 」があります。 スポンサード リンク
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